夫や義母からの言動に耐え、「自分が我慢すれば丸くおさまる」と信じ込んでいませんか。
私もずっとそう思いながら生活していました。
子供たちが成人するまでは耐えようと決めて訪問した女性相談で、相談員さんから告げられた言葉によって私の常識は大きく覆されることになります。
これは、自分がモラハラ被害者だと気づき、恐ろしさに震えながらも子連れ避難(モラ逃げ)へと一歩を踏み出すきっかけとなった実体験の記録です。
私が我慢すれば平和という思い込みと女性相談での気づき
女性相談に初めて行った時、私は「子供たちが成人するのを待ち、自立したら離婚を切り出す」という結論を出していました。しかし、自分がモラハラDV被害者であるという事実を知り、揺れました。このまま数年、自分の心の中に感情をおさめて耐えていける自信がありませんでした。
私はずっと「私が我慢すれば全部丸くおさまるのだから、そうするのが最善だ」と思って過ごしてきました。旦那にも義母にもそう言われていましたし、実際そうでした。私が何かを主張すると、旦那に激しく責め立てられます。そうなると、子供たちも怯え、悲しい思いをさせてしまいます。私さえ我慢すれば、家の中は平和でした。

相談員に言われた「モラハラの典型的な洗脳」という事実
「あなただけ我慢すればいいと思っているのだと思います」相談員さんにずばり言い当てられて、どきりとしました。「それはモラハラの典型的な洗脳です。そんなのは普通の家庭じゃないですよ」そう言われて、私の中の常識というものにヒビが入ったのを感じました。「そうなのだろうか?」と、初めて思ったのです。
母親の不幸は子供の不幸という突きつけられた現実
「あなたにお伝えしたいことがあります。まず、母親の不幸は子供の不幸です。あなたが我慢すればするほど、お子さんも苦しむことになります。あなたはそれでいいと思いますか?」
相談員さんから、私が我慢し続けることが子どもたちにも影響する可能性について話をされました。胸にナイフが刺さったようでした。私はすぐに「それはダメです」と答えました。自分が苦しむのは良いけど、子供たちが苦しむのは絶対に嫌でした。

大型連休を狙った子連れ避難(モラ逃げ)の提案
「そうでしょう。なので、私はこれからあなたに一つのご提案をしたいと思います。もちろん最終的に決めるのはあなたですし、答えを急ぐ必要はありません……まあなるべく急いだ方がいいとは思いますが……」
相談員さんは、卓上のカレンダーを手に取り、私に見せました。
「お子さんを連れて逃げてください。あなたはDVを受けているので、逃げるなら早い方が良いです。そして、絶対に旦那さんに気付かれないようにしてください。旦那さんがお仕事に行っている間に、お子さんとあなたの三人で逃げるのです」
私は何も言えませんでした。実は、この時点で子連れ避難(いわゆるモラ逃げ)のことはネットで見て知っていました。でも、自分には関係のないことだと思っていたのです。
「数ヶ月後に、大型連休がありますね。できれば、ここで逃げてください」
相談員さんがカレンダーをめくって、連休を指でさしました。……子供たちと私で逃げる。しかも、そう遠くない未来に。私は呆然としましたし、あまり実感がないというのが本音でした。
「どうですか?できそうですか?」
「いえ、正直、今すぐには……考えることはできません」
「そうだと思います。でも、ひとつの選択肢として考えておいてください。そして、次回またお話を聞かせてください」
はっとして時計を見ると、女性相談の枠の終わりの時間が来ていました。私は相談員さんにお礼を言って、市役所をあとにしました。

恐怖と葛藤の中で始まったあらゆる機関への相談
帰りの車の中でも、家に着いたあとも、なんだか体がふわふわしているような気がしました。たったの1時間ほどの間に、色々なことがありました。
しばらく考えましたが、私は「モラ逃げなんてそんな恐ろしいこと、できるわけがない」と思いました。
旦那や義母に逆らって、一体これからどうなるのか。今住んでいる家や、子供たちの学校、何もかもどうなるのか。私のようなちっぽけな存在が、そんな大それたことができるはずがない。そう思いました。
私だけがぐるぐる考えている間も、生活は続いています。子供たちは学校から帰ってくるし、旦那も帰ってくる。私は何もなかったようにとがんばってふるまいながら、じっと悩んでいました。そして、今日行った女性相談の他にも、誰かに相談したいと思うようになりました。ここから1ヶ月、私はあらゆる機関に連絡をし始めるようになります。

■ まとめ
私の場合、「私さえ我慢すれば家庭が平和になる」という考えに長い間とらわれていました。 相談員さんからの「母親の不幸は子供の不幸」という言葉で目を覚まし、逃げるという選択肢があることを知ったものの、当時の私にはあまりに恐ろしく、現実味が湧きませんでした。
それでも、子供たちの未来を守るために、私は1人で抱え込まず外部のあらゆる機関へ相談してみる一歩を踏み出しました。一人で考え続けるのではなく、相談窓口で話を聞いてもらったことで、自分の状況を見つめ直すきっかけになりました。



